2007年5月30日水曜日

通院日でした。

 今朝は6時半に家を出て母の通院に同行しました。
田舎の大病院はとにかく混んでいる!普通の時間に行ったらまさに一日仕事になってしまいます。ここ最近の作戦は朝バカ早く出て診察券を登録して血液検査、レントゲン、あとは診察開始時間まで車中で寝て待つ。

 お昼を食べて一番に診察に診察室に呼ばれました。
先日のセカンドオピニオンの報告書類に目を通してもらい、主治医の意見を聞きました。薬剤の減量に関しては可能ではあるが、標準量というのにはそれなりのデータがあるのだと、H先生の持っているデータはあくまでもH先生の患者さんだけのものでありマイノリティーである事を理解するよう言われました。
 それは理解していますし、作用しない量を投与しても全く意味が無いと思っています。ただ体表面積だけで割り出す標準量をそのまま受け入れて、副作用を覚悟する事は母のような4期の患者にふさわしい治療だとは思えないのです。あくまでも現状維持、QOL第一と考えている事、主治医なりにさじ加減を意識してもらえるよう考えを伝えました。

 主治医は自分の意見をはっきり言ったり「こうしましょう」と引導を渡す事はしない人です。何を聞いても「それは人によりますから何とも言えません」とか「場合によりますから」と断言を避ける傾向があります。
 その分こちらの主張をそのまま受け入れてくれるような所があり、ある意味便利ですが、こちらはあくまでも素人の知識であり、主治医の知恵をプラスして臨みたい事も沢山あるのですがそれはかないません。今回もそうでした。

 さて今日のレントゲン所見は「イレッサの効き目が5割を切っている。休薬しますか、、、」との事。
ついに来月は点滴の抗がん剤が始まります。ナベルビン単剤、もしくはジェムザールとのニ剤投与です。まずは標準の半量から様子を見ます。近所の病院で腫瘍マーカーの自費診療が受けられるように紹介状も書いてもらう事にしました。

 ナベルビンが効きますように!!

独り言です。

 今日は母の闘病とは離れた内容です。

 私には子供がいません。多分これから先も子供を産む事は無いのかな、、、という気がしています。(こればかりは分からないですけれどね)
30代の始め頃に子供が欲しい、と思った時期もありますが、今思えばあまり真剣な願いでは無かったようで何だかんだと仕事や日常の流れに飲まれて今日に至っています。自分以上に大切なものに出会う幸せと引き換えに自分自身が求め続けていたものを一時的に中座しなくてはいけなくなる事に対しての恐れがあったのかも知れません。
 でも、、、、文字通り案ずるより産むが易しですね。同じような事を言っていた仲間が出産をして、仕事は以前のペースでは出来なくなったものの、幸せそうな顔で子育てに専念している姿を見ると何だか妙に納得する自分がいます。

 母から産まれて30数年、母からの愛情を沢山受けて育って来ました。この年になってそれを実感します。
ただただ母に触れていたかった幼少時代から反抗期を迎えた思春期、殆ど家に居着かなかった20代、結婚をして家を出てから約10年、近くにいても離れていてもいつも母の愛情を感じていました。ある年齢からはさすがに何をしてもどうにかしてくれる、とは思ってはいませんでしたが、絶対的に自分を愛してくれている誰かがこの世に存在していてくれる事がこれ程にありがたい事か、と自分に訪れたあらゆる局面で思っていました。

 その母の病気が発覚した時はショックで自分が「死ぬかと」思いました。いつかはこういう日が来る事を予測していない訳では無かったのですが、まだ65歳なのに?!あと少ししか生きられない?そして私はちゃんと母を送る事が出来るのだろうか?
 そんな不安で一時的にウツ状態にまでなってしまいました。

 でも少し時間が経って、色々な情報も自分なりに収集して、これはまだ諦めるべき段階では無い、戦うのだ!!という気持ちになりました。最初の抗がん剤治療で弱っていく母を見て何度もめげそうになりながら「これは私が受けた愛情への恩返しだ!」と思い、なるべく母の近くにいる事、母と過ごす一分一秒を大切にしていく事、そして母からもらった命を精一杯大切に生きていこう、と誓ったのでした。

 年だけは随分とってしまいましたが、どうやら中身はいつも母の手を探し求めていた幼少時代の私から成長していないようです。
でも最後まで戦いたいです。少しでも母と過ごせる時間が長くなりますように。

 

2007年5月29日火曜日

セカンドオピニオン報告

セカンドオピニオン報告

 仕事を終えて帰宅したのが24時半くらい。お風呂に入り、今日は冷えるので焼酎のお湯割りを飲んでいます。私のリラックスタイムです。旅先で増加した体重が食事量をコントロールしたせいで良い感じで戻っています。少し体が軽くなりました。

 さて、先日待望の(?)H先生のセカンドオピニオンに行ってきました!
一時間という限られた時間を有効に使う為に母と相談して質問要項を作って行きました。H先生は終始優しく分かりやすく話を進めて下さいました。お話のスピードが心地よい早さで、指摘は的確、しかも話し方に臨場感があり、「ふむふむ、、、、なるほど」と聞き入ってしまいました。

 ありったけのレントゲンとCT画像、血液検査結果、腫瘍マーカー値を持っていったのにも関わらず「資料が少な過ぎてイレッサの耐性がどうかははっきり診断付きかねる」と言われてしまいました。
 レントゲンは最低月二回、CTは月一回、腫瘍マーカーは出来るだけ多くの種類を週一、これが必須だそうです。
ちなみに今までレントゲンは月二回は撮っていたものの、CTは3ヶ月に一回、腫瘍マーカーは月一でした。これではガンを追跡する検査としてはお話にならないそうです。

 今の医療システムでは腫瘍マーカーは月一しか取れません。もっと取ろうと思ったら自由診療になってしまいます。今までの医療費の領収書を見ると腫瘍マーカーの検査料は約500円。これが3割負担だとしたら自由診療でも何とかなるかも知れません。問題はそれを行ってくれる医療機関があるかどうかです。

 CTに関しては「被爆を考えると3ヶ月一回が限度」と主治医に言われていた事を告げると意外な返答を頂きました。「そんなのは全部ウソです」との事。
 一人の患者に関して検査のし過ぎは医療費の無駄使いとして医師自身が国から叩かれるそうで、その逃げ口上として「被爆」という言葉を使うそうです。CT検査くらいの被爆は全く問題が無いとの事、、、、

 今後薬剤を替えて点滴の抗がん剤になったとしたら尚更、検査の内容とペースは大切になってくるそう。投与した薬剤が作用しているかどうかを頻回にチェックする必要性があるという事です。

 果たしてこのような検査を実行しながらガン治療を行ってくれる病院ないし医師がどれくらい今の日本にいるのでしょう?
医師もただでさえ激務の中、政府と戦うのは並大抵では無いと思います。
弱いものいじめの日本の政治、余計な事にお金を使っている余裕があるのなら医療費にまわせ!!と声を大にして言いたいです。


 その他にもプラチナ剤の使い方や薬剤の減量の薦めなど、有意義なオピニオンを沢山頂きました。行って良かったです。
医者と患者も人間同士、信頼関係を作って自分の納得のいく治療を受けられるように充分話し合いをして下さい、という言葉が心に残りました。がんばろう!
 

2007年5月23日水曜日

セカンドオピニオン

 仕事で約一週間家を明けていました。一日2食から3食全て外食になるのは辛いものがあります。もちろん普段は食べられない土地土地の美味しいものを頂く機会でもあるのですが、我が家の朝ご飯の定番、玄米と納豆、魚と漬け物を食べられない生活は一週間が限界です。
、、、そんな訳で昨日からダイエット開始!!

 一石二鳥とばかりに今日はベランダの掃除に精を出してみました。庭からホースをつり上げて、せま〜いベランダをごしごしと磨いて約一年分の汚れ(!)を洗い流しました。カロリー消費も出来たかしら。とても爽快な気分です。

 母のPETの結果が出ました。
肝臓、骨への集積は見られず、肺の原発、転移部分の集積有りとの事。
イレッサを服用し始めて3ヶ月めの検査では肺原発以外の集積は認められませんでした。という事はやはりイレッサの耐性が始まっているという事ですね。仕方ありません。服用を始めて8ヶ月、肝機能値が正常を保てているだけでも感謝すべき事かも知れません。
CEAは19台をうろうろしている状態という事もあり、主治医の判断はイレッサ続行。
 
 イレッサにナベルビンやTS-1を併用するといったような治療は今の病院では行っていないようです。
タルセバの認可を待つか、ナベルビンとジェムザールのニ剤投与に切り替えるか、今後の治療方針を定めていかないといけない時期です。

 そんな時にH医師のセカンドオピニオン予約が取れました!!出張先からの朝の電話攻撃が功を成したようです。
聞きたい事は山ほどありますがまずは整理して書類を作ってみようと思います。

 

2007年5月10日木曜日

検査続き

 今日はまるで初夏のような気候でした。空気はまだ爽やかなので真夏と違ってとても気分が良いです。スーパーで土と花を買ってプランターに植えて庭に置いてみました。ちょっと元気の無かった観葉植物も勇気を出して植え替えてみました。枯れませんように、、、、

 母の検査が続いています。
肺と肝臓のCTに続き、サイバーナイフセンターでの脳MRI、そしてPETです。
PET以外の結果は全部出ました。一番心配だった肺のCT、イレッサの耐性を示唆されていたのでびくびくしていたのですが、原発の増大はほぼ無し、細かい転移部分がまた見えて来てはいますが、ここでイレッサを中止して抗がん剤に切り替えるほどの耐性は見られない、イレッサ続行との主治医の判断でした。細かいとは言え転移部分の再発は気になります。イレッサの効きが悪くなっている事は確かなのかも知れません。

 イレッサの耐性と共に多発するという説のある脳転移、これも心配でしたが、処置済み箇所含め問題のある所見は無し、これも一安心です。あとはPETの結果を待つのみです。

 今まで何度か味わって来た検査結果発表(?)。
毎回ドキドキもので常に最悪を想定してはいますが、本当にその最悪な事態が訪れたら平常心で立ち向かえる自信は全くありません。
検査の度に期限付きの安心をもらっているような感じです。これからも現状維持が出来ますように。そして海外では既に認可されている薬がどんどんと日本でも認可されますように!切なる願いです。