2009年2月22日日曜日

今になって感じる事

 毎日慌ただしく、気付いてみればもう2月も末です。都内も花粉の襲撃を受ける季節、毎年の事ですがくしゃみと目のかゆみの中、もうそこまで来ている春を感じるのです。去年は本当に花粉症がひどく、仕事にならないくらいの不調でしたが今年は早めに耳鼻科で薬をもらいぼーっとはしますが何とかしのげています。

 こんなにまばらな更新の拙ブログにもまだ訪ねて来て下さる方がいて、コメントまで残して下さっている事、本当にありがたく感じています。
本来なら母が亡くなった時点で闘病記としてのこのブログを閉じるのが本筋だとは思うのですが、どこにもやり場の無い気持ちを放出できる唯一の場所という事で甘えさせて頂いています。 
 なぜならここを訪ねて下さる方々は少なからず肺癌という病気の近くにいて、同じ痛みを味わっているのでは無いかと思うからです。

 去年の今頃は母の肝転移が少しずつ広がりを見せ、数ある薬の中からイリノテカンを選択して月3回週一で単剤投与していた時期でした。
 月一の保険範囲内の腫瘍マーカー検査だけでは不安で、自費でも計っていたのでCEAの動きは頻繁に観察していました。投与中も少しずつ上がってはいましたが(記憶が曖昧ですが)脳転移の悪化から抗がん剤投与をストップしていた時期の急上昇ぶりを見るとやっぱりイリノテカンは現状維持的に効いていたのだな、と思います。

 その間、休薬の週には旅行へ行ったりもまだ出来ていました。でも食欲の低下から母の痩せ方は普通では無く、顕著に衰弱していった時期でもありました。

 何度も書いていますが、結局母は脳転移箇所の治療を行っている間の無治療期間の悪化が命取りになりました。緩和ケア病棟に移るにあたって、主治医との面接で「少しでも体調が良くなって来たらタルセバの投与を試してもらえないか」と父と私で交渉しました。緩和ケア病棟にまで来て、ましてや肺内出血も2度も起こしている本当の末期の母の容態を考えると非常識な事を言っているのは百も承知でしたが、まだ奇跡を信じていました。当然それは叶うはずも無く、主治医からは緩和ケア病棟の在り方から根本的な説明を受けることになりました。

 脳転移の箇所が吐き気をもよおす場所だった事もあって、母は随分吐き気に悩まされました。抗がん剤治療による吐き気を一番恐れていた母が、そうでは無い理由で最後の数ヶ月は苦しんでいました。

 母はサイバーナイフによる転移箇所の処置が終わり、吐き気も治まり始めていた頃に緩和ケア病棟に移りました。吐き気が治まったら食べたかったものが沢山あったようで毎日母のリクエストに応えて作り一緒に食べた食事は今では尊い思い出です。

 
 母が亡くなってから癌の治療の勉強からすっかり離れてしまったのですが、今日は久しぶりに「ガン治療最前線」というテレビ番組を見ました。
 ラジオ波や陽子線、サイバーナイフやノバリス、トモセラピーなどの最新鋭の放射線治療の存在がクローズアップされていました。
 末期と言われた肝臓ガンや大腸がんがそれによって縮小した、消滅した、など、今後のガン治療に関して大いに希望の持てる内容でした。

 母の闘病中は私も上記の治療全てに関して調べました。こと肺癌に関しては放射線は有効であるけれど病期が早期である事、すなわち転移が無い、というのが再前提でした。病巣が原発に留まっている内に原発自体を叩く事によってその後の転移も抑えていくという考え方なのですね。転移がある時点で目に見えない細胞レベルでどこにがん細胞が飛んでいるか分からない、だから放射線のような局部治療はあまり意味が無く、やはり抗がん剤治療という全身治療がより有効である、という事でした。
 もちろん番組では前向きな内容しか取り上げないのでそんな話にはなりません。でも本当に報道として真実を伝えるのであればそこまで掘り下げて欲しい、と正直感じました。
 
 転移のある肺癌で唯一放射線治療が強い味方になるのは脳転移を叩く「ガンマナイフ」「サイバーナイフ」だと思います。
 ガンマナイフはフレームを装着するので頭にビス用の穴を開けなくてはいけません。小さな傷ではありますが麻酔が切れると相当な痛みを感じるものと聞きました。また照射可能な転移の大きさに制限があり、大きな転移だと対応出来ないらしいです。その点サイバーナイフはフレーム装着が無く、顔に取り付けるマスクを作るだけです。ガンマに比べて大きな脳転移にも照射可能なので脳転移にはサイバーナイフの方が効率が良い治療が出来るのでは無いかと思います。
 関東近郊だと横浜のサイバーナイフセンター、あまり知られていないと思いますが、東京広尾の日赤病院にもサイバーナイフセンターはあります。母はそこの主治医にかかっていました。

 サイバーの主治医とはかなり密にコンタクトを取っていました。主治医の話だと、脳転移は点在して起こるのが普通で、逆に悪さをしないレベルの微小な転移は経過観察で良いそうです。放射線をあてる回数は少ないほど安全だと言う事。でもその主治医の考えが裏目に出て、母は小脳に出来た小さい転移から来る吐き気に数ヶ月も悩まされました。もっと早く処置をしてもらえればタルセバまで持ち込めてまだ母はこの世にいたのかも知れません。

でもその主治医とは充分なコンタクトを取っていたので恨む気持ちはありません。
それも含めて母の寿命だったのだと、運命だったのだと、今は思っています。

 医療は日進月歩だと言われていますが本当にそうあって欲しいですね。
同時に理不尽に認可されない薬剤が減っていく事も望みます。