2008年4月24日木曜日

通院日

 久しぶりに母の通院に同行しました。
先週の休薬から今日は予定通りに投薬です。母は投薬の事を考えるだけで吐き気がこみ上げてくるという、精神的にも圧迫されている昨今です。
 しかも先週計った腫瘍マーカーCEAが突然10も上がってしまいました。来月の連休明けには脳検査、翌週にはCT検査が待っています。毎度の事ではありますがどうしても嫌な予感ばかりがよぎります。

 イリノテカンの副作用はイレッサの時ともナベルビンの時とも違い著しくQOLを落とすものです。吐き気から食欲も無く痩せて、ちょっとした事でふらついてしまう母を見るのは辛いです。
 今日は投薬直後に吐いてしまい、「もうこの治療を辞めたい」と仕切りに言っていました。ただただ可哀想になります。もう治療自体を辞めさせてあげたい、と思う気持ちと生きていて欲しいと思う気持ちのジレンマがあります。
いずれにしてもこれでは本末転倒、治療で弱ってしまうのは母の病期にはとても危険な事です。
 今日主治医は「副作用は大した事は無いですね」と言いました。吐き気が辛いから減薬を何度も申し出ているのに。

 CEAも上昇している事ですし、薬を変える時期かも知れません。次の選択肢としてはTS-1単剤、もしくは白金剤との2剤投与、アムルビシン単剤、もしくはタルセバです。タルセバに期待せずにはいられない状況ですが、脳検査、CTの結果を待ってからの決断が賢明だと思っています。でもそれまでの半月をどう凌ぐかが問題です。
 思い切って無治療にしたらどれくらい進行してしまうのか、誰にも分からない事です。逆に治療を半月休んだら体力が戻るかも知れない、と言う淡い期待もあります。

 このブログを訪れて下さる皆さんも今後の治療に頭を悩ませている事と思います。後戻りの出来ない決断ですものね。
でも本人の意志を尊重した上で「選んだ事が正しい!」と信じていくしか道は開けないように感じています。

 

2008年4月15日火曜日

新しい週の始まり

 週末は仕事でバタバタと過ごしていました。今日明日と休日です。やらなくてはいけない事は山積みなのにどれも中途半端な状態で放置したまま。自分の集中力と実行力の無さを痛感します。

 母は今週は休薬です。
副作用による食欲不振が少しでも改善されればとヒスロンHの服用を始めました。効果の程はまだ分かりませんが、少しでも食欲が出てくれれば精神的な部分も改善される可能性があるのでは無いかと思っています。

  
 最近心がけている事....
一日に数分間でもきちんとリラックスする事です。きちんと、と言っている時点でいかに私がリラックス下手かがお察し頂けるでしょう。
そうなのです、貧乏性というのでしょうか、心身を緩める事が苦手なのです。
しかも常に大きな心配を抱えていると知らず知らず心と体が緊張して息が浅くなっているような感覚があります。だからこそ少しの間でも頭の中を空にして、しっかりと深く呼吸をするのが大事なのではと思い、ここ最近友人から借りた瞑想の本を読んでいました。
 瞑想(メディテーション)というと宗教じみた匂いを感じる人もいると思いますが、私にとってはリラックス法の一つです。本に付いていたCDのガイダンスに乗っ取って座って呼吸を繰り返しているとなかなか良い気分です。
なかなか頭の中を空にする事は出来ないのですが、目を閉じてなるべく良い景色や楽しい事をイメージしてみたりして肩の力を抜いて....すると突然「にゃ〜!!!」という声で我にかえりました。しかも我が家の猫は瞑想体勢で座っている足の間に入ってきて即座にゴロゴロとリラックス状態に。
私の瞑想は中断されましたが、ある意味猫から自然にリラックスする事を学んだ気がします...。
 
 このブログを読んで頂いている患者家族の方々も心身疲労が溜まる日々だと思います。何かおすすめリラックス法があれば教えて下さいね!

2008年4月8日火曜日

また雨....

 昨夜から嵐のような雨が続いています。肌寒く、仕事部屋の暖房器具を片付けてしまったのを後悔しています。

 週末実家へ行きました。
近隣のクリニックで自費で検査してもらっている腫瘍マーカーの結果が出ました。採血してから外注するので結果はいつも一週遅れです。
画像では若干の進行が見られたものの、CEA自体は少し下がっていました。最近は40後半の数値を行ったり来たりしています。多大な効果は見られないイリノテカンですが、病気の勢いを食い止めているくらいの効き方はしている、無治療だったらきっとこうはいかないと思う事で納得するようにしています。
 
 副作用は相変わらず辛いようです。吐き気、手の痺れ、めまいなど...。
一週間一度の投与だとようやく抜けた頃にまた次回の投与日が来てしまいます。気持ちが悪くなる、と分かっている薬を投与するストレスを考えると、「もう治療なんか全て辞めてしまいたい」と思うのも無理もありません。最近では病院の建物を見るだけで気持ちが悪くなるようです。

仮に私だったら耐えられるのだろうか、もしかしたらもうとっくに音を上げているかも知れない、と良く思います。 
母に生きていて欲しい、と願うばかりに過酷な治療を課しているのは私なのでは無いか、と思ったりもします。
母は「こんな思いをするくらいならいっそ無治療で死んでしまいたい」と言う時もあります。その度に罪悪感を覚えるようになり、今後の事は母の意志を一番に尊重して決めていくべきだと改めて思ったりします。それでもやはり目前にあるタルセバ、命がある内に認可されるかも知れないアリムタなどを試して欲しい、と思ってしまうのは私のエゴなのでしょうか。

 二年間の闘病で色々な事がありました。色々な先生のお話も聞きました。
脳転移が発覚して落ち込んだり、イレッサが想像以上に効いて大喜びしたり、肝転移が分かってまた落胆したり......。
明らかなのは病気はゆっくりと進行している事、悲しい事実ですが受け止めざるを得ません。
 
 先を考え過ぎると暗くなるので、思考をブロックするように近いスパンの事しか考えないようにする変な癖も身に付きました。
母親の看病を10年以上続けている友人がくれたメールに、「もう母には無理して頑張って欲しいとは思わない。辛い様子をずっと見て来たからますます思う。今はただ側にいて出来る事をしているのみ」とありました。自分には深い言葉でした。
 
 辛い選択ですが、無治療というのが母が本当に望む形なのだとしたら従うべきなのかも知れません。
元気な頃の母を思うと自分がどんどんと治療で弱っていくのは堪え難い事なのだと思います。もちろん無治療でいるその先を考えるとどちらが楽なのかは今は分かりませが....。

 常に病気と向き合い、治療に費やしてきた二年間、本来なら老後を謳歌出来る年齢です。
病気の事を何も知らずに元気だった頃の母を思い出すと切ない気持ちになります。でもそれはたった二年前なのです。何だか信じられません。

 弱音めいた記事になってしまいました。
このブログにコメントを下さる方々は私と状況が似た方が多く、本当にいつも励まされています。この日本のどこかに同じような気持ちを抱えて生きている人がいるのだと思うだけで救われた気持ちになります。この場を借りてお礼を言わせて下さい。

2008年4月2日水曜日

様々な治療

 4月になったというのに北海道では大雪の荒天候、関東でも肌寒い日が続きます。満開だった桜も散り始め、これから新緑の季節ですね。

 母は今日8回目のイリノテカンの投与を終えました。
先日のCTでは若干の原発、転移ともの増大が認められていますが、タルセバを目前に薬を変えるという選択はあえてしていません。
 それにしてもこの短期間に8回もの抗がん剤投与をしていると考えると母の肉体的、精神的消耗疲労はいかほどのものかと思います。ウツ状態になるのも無理はありません。

 話は少し変わります。
ここ最近、漢方治療、鍼灸、気功その他の東洋医学をベースとした治療法や、心理療法というのでしょうか、カウンセリングなどを交えた治療に関わる人が身の回りに増えています。
 私自身そういった西洋医学以外のものに興味が無い訳では無いのですが、ネットで検索しているとあまりに多くのサイトがそういった治療をベースに癌が消えた、などとうたっている事がわかります。健康食品の類のサイトも癌ビジネスと言われるほどに数えきれない位沢山あります。
(健康食品は東洋医学とは一線を画していますが)
 告知をされたばかりの患者や家族は化学治療への恐怖からそういったものに可能性を求めて逃げてしまう心理があると思います。実際私もそうでした。早い時期に気付き、化学治療をベースに置かないと命を縮めるだけだという事が分かったのは幸いでした。

 母が告知されてから、もしや効果があるかも知れないと友人に、その筋では有名なとある気功師による気功治療を勧められました。電話で遠隔治療も出来るからと言われ、実際どういうものかを見る為に自分自身が受けに行ったりもしました。改善の程を計る為にその時は慢性的なドライアイを治したい、という名目で行ったのですが、効果があったのか無かったのか、一回ばかりでは何とも言えませんが、少なくとも癌という病気が治癒する類いのものでは無いと感じました。

 身の回りにも東洋医学的治療信奉者、もしくは実際に治療に関わる友人がいます。
このブログは友人達には非公開にしていますのではばかる事無く言わせてもらいますが、彼らの多くは東洋医学的視点に偏り過ぎていて、西洋医学的な治療に関して全くの勉強不足だという事を私は感じています。むしろ西洋医学には否定的だという共通点もあります。
 真の意味で治療に関わるのであれば、両サイドの知識を持ち、足らない部分を補うという姿勢が必要なのでは無いかと思っていますが、なかなか私のその思いを伝える機会はありません。

 母の病気の事が無ければ私もこんな事は考えもしなかった事ですが、乱暴に分けるならば、今起きている症状を治める、というのが即効性のある西洋医学的発想、長い目で体質改善から、というのが東洋医学的発想なのでは無いかと思っています。癌という疾病に関して言うならば体質改善している間に命が無くなってしまうかも知れません。
 それより何より気功や漢方で癌が治るのであればこれだけ多くの人が癌で亡くなりはしないでしょうね。

 東洋医学、または健康食品を否定するつもりはまるでありませんが、癌のような重篤な病の領域に治療という名目で入ってくるのは患者や家族の悲劇を生むので辞めてもらいたいと思うのです。それを行う側、扱う側もしっかりと西洋医学治療で使う薬の種類や効果も把握した上で、あくまでも補助的治療として提唱する、というあり方でいて欲しい、と切に願います。

 これこそ私の偏見なのでしょうか。

 

2008年3月29日土曜日

桜の季節

 桜が満開になりましたね。うちの近所にも数カ所お花見スポットがあります。
この季節の週末になると花見の人たちでいっぱいになります。ゴザを敷き酒盛り、カラオケ、大騒ぎ....はっきり言って興ざめです。
だいたい提灯なんていらないし!!せっかくの桜が台無しです。
ひねくれ者と言われても仕方ありませんが、静かに桜を見たい私はもっぱら夜桜見物です。これも場所を選ばないともっとヒドイ事になっている場合もありますが...目黒川とか...。

 桜の季節になると思い出すのは母の告知直後の頃の事です。
あまりのショックで私自身一時的にうつに近い状態になってしまいました。見るもの全てが味気なく灰色に写っていたあの頃、気持ちとは裏腹に木々は芽吹き桜は満開。
 春の樹々の暖かい匂いの中、そのもの凄い生命力に励まされながらも、母はあと何回この桜を見られるのだろう、と複雑な思いにかられていました。きっとこれから先もずっと、この季節がめぐり桜を見る度にあの複雑な気持ちを思い出すのでしょうね。

 さて母の近況です。
 ここにきて二年間の治療の疲れが出たのか、精神的な落ち込みが激しく「こんな辛い治療をして生きていたって意味が無い。いっそ無治療でいてすぐに死んでしまいたい。」とまで言い出しています。
 イレッサ以降これという薬に巡り会わず、現状維持以上の効果を実感出来た薬の無い中、副作用ばかりがクローズアップされる治療を続けてきました。それでも今こうして、疲れやすくなったとは言え日常生活も出来て、軽い旅行も行ける状態にある事は薬の効果があったのだと思っていますが、母にしてみたら転移が進み食欲が無く痩せていく事は恐怖以外の何者でも無いのだと思います。
 
 元気な人間から無防備な励ましの言葉はかけられません。「前向き」になんてなれるはずも無く、根拠の無い「大丈夫」も全く逆効果です。本当に無力です。
 思い返してみれば脳転移が見つかった時、イレッサが耐性になった時、肝転移が見つかった時、同じくして母は激しく落ち込んでいました。
 その都度何かしらの希望のある治療の糸口を見つけて立ち直ってきました。今回もその糸口が見つかれば良いのです。

 そんな中県内の呼吸器科の専門病院を訪ねました。転院を視野に入れてのセカンドオピニオンを聞く為です。
 母の今の病期、精神状態に必要なのは「良い病院」の肩書きよりも「良い主治医」が必要だと判断し、今回のセカンドオピニオンに関しては●具体的な治療法をいいくつか挙げてもらえるかどうか●治療に関してこちらの要望を聞いてくれそうな医師か●標準治療以外の治療に理解はあるか
 などが自分のポイントでした。

 結果まずまずだったと思います。
物腰は穏やかなものの、一貫して自分の意志をぼかし、こちら側に決断させてやり過ごそうという体勢の今の主治医よりは希望を与えてくれそうな印象の医師でした。
現状の治療(イリノテカン)をしばらく続け、効果が無くなってきた時期にタルセバに切り替える予定ですので、その時に転院するか否かを決めよう、と両親と話しました。
ちなみにその病院ではタルセバはとっくに処方されているとの事、それも好印象でした。

 血液検査から支払いに至るまで全てがシステマティックに素早く進む今の病院と訪ねた病院とでは施設規模でいうと雲泥の差があり、母はそれが気になるようです。
そんな事より大切な事があるのでは無いか、とこちら側からは思いますが、毎週通う身になればストレスを軽減出来る大事な点なのかも知れません。
 
 メリット、デメリット熟考して判断しなくてはいけない大事な事です。
焦らずに決めたいと思います。あとは母の精神状態が少しでも改善される事を祈るのみです。



 

2008年3月16日日曜日

近況です。

 いつの間にかすっかり春の陽気になりました。仕事が立て込んでいた先週末から一息つく間も無く今週は3日間関西にいました。
どういう訳か関東ではさほどでも無い花粉症の症状が関西で全開状態となり、片鼻は完全ブロック状態、目と喉がかゆく、まさに取り出して洗いたい気分でした。マスクと薬で対処しましたが、なかなか厳しいものがありました。

 このブログにも患者さんご本人はもとより患者家族の方々にも訪れて頂きコメントも頂けるようになりました。(コメントはメール通知されてからのアップですので表示まで多少時間差があるのでいつもご迷惑をかけます。)
決して明るい内容のブログでは無いのですが、母の病状を伝える事により新しい情報を頂けたり、少しでも何かの参考にして頂いたり、又私も一人では無いのだ、と思える心強さを頂けてありがたい限りです。先月旅立たれたミームラさんに改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

 母はイリノテカンの6回目の投与を終えました。標準量での投与ですので数日間はむかつきがあり食欲不振が続くようです。
CEAは数値が高いもののしばらく横ばいです。母の通う病院でも4月までにはタルセバの処方が可能になるようですのでそれまでの繋ぎの治療としては適しているもの、と信じて投与を続けていますが、肝転移も小さいものですが多発的に転移しているので原発共々なんとか増大を食い止めるられる程度の効き方はしていて欲しいものです。

 それにしてもタルセバ。
まだまだ未知の薬ですよね。国内でのデータが少なく、今分かっている以外の副作用も懸念される所ですので処方されるようになっても待ってましたとばかりに飛びつく訳にもいきません。でも今の母の状態改善に一番適している薬は現状タルセバしかありません。イレッサ著効群にタルセバは高確率で効くとは言われていますが、これも必ず、という話ではありません。

 効かなかったらどうするか、と考えるとまた落ち込んでしまいますので、あまり過大な期待をせずに次の手を考えつつタルセバの処方を待ちたいと思います。
 
 とても信頼のおけるサイバーナイフセンターの主治医は「もしも脳転移があったら処置するだけ。そう、淡々と、今まで通りね。」と言います。その言い方がどこと無く可笑しくて先生なりにこちらを和ませて安心させようとして下さっている感じが伝わります。

 淡々と...という心境にはなかなかなれませんが、冷静に治療と向き合う状況を作れるのは主治医と本人の関係はもとより、患者家族の心のありようが大切だと思いました。決して諦めずに病気と向き合う強さを患者本人に求めるのは酷な事だと思います。近くにいる家族が、患者を支えるにあたって過剰に感情的にならず今後を考えていける強さを身につけなくてはいけないのだと思いました。
 私のような弱い人間にはなかなかの修行です.....。

2008年3月3日月曜日

セカンドオピニオン

 今村先生のセカンドオピニオンに行ってきました。勉強会で学んだ事を反芻し、更に詳しく聞きたい点を母と話してまとめて聞く事が出来ました。今日は良い話が出来たと思います。

 近々のCT画像を持参したのですが、現病院では2〜3個と言われていた肝転移がもっと多発している事が分かりました。原発の大きさは3〜4センチ、イレッサ著効時で1センチ台に縮小した事を思えばやはり進行している事実は否めません。
 しかもその原発は背骨に隣接した場所にあり、非常に骨転移の危険を孕んでいる事もわかりました。

 そう書くととても悲観的なのですが、今村先生の考え方は、症状の無い肝転移や肺内転移に関して過剰に神経質になる事は無意味である、病気全体を見る事が必要で、転移箇所や数だけに一喜一憂するのは「木を見て森を見ず」状態であるとの事。言わんとしている事がとても良くわかりました。

 タルセバが使えるようになるまでにまずはQOLを保ちつつ、現状維持出来る治療を優先的に行うべきで、それに関しての先生の治療のビジョンを充分に聞いてこられたのでとても有意義でした。

 いずれにしても母の病気の現状に関しては初めて知る事が多く、現主治医の説明不足、治療のビジョンの無さを思い知るばかりでした。
 今村先生曰く、それは主治医というよりも病院自体の考え方、モットーのようなものであるとの事。つまりは末期ガンのような予後が明るく無い患者に対しては事実を全て伝えるというよりはぼかす部分はぼかして不安感を与えずに柔らかくやり過ごす治療とでも言えば良いでしょうか。
 それも考え方次第では悪くは無いと思います。でもその流れに乗っていたら母は今この世にはいなかったでしょう。具体的に転院を考える準備をしようと思いました。

 未認可薬の使用するタイミングや金額に関しても具体的に話せました。
母は自らの病気の現状を改めて知り、新たな不安感に襲われていると思います。でもまだまだ希望はあります。それが分かりました。

 病人本人の抱える不安感、孤独感はごく近くで支えてる家族ですら分かり得ないものだと思います。同じように、生きていたい、生きていて欲しい、と心から願っていてもやはり本人には成り代われない、肩代わりも出来ない。
 私が母に生きていて欲しいと思うがあまり、色々調べて話を聞きに行き、主治医と治療に関しての交渉をして、という一連の行為が果たして母のとってどうなのか、時にはそれが息苦しくなる事もあるのでは無いか、と思ったりもします。

 正直聞き飽きたくらいの励ましの言葉「前向きに、あきらめないで」。
そんな事は分かっていて、既に毎日精一杯立ち向かっています。患者家族でさえそんな気持ちですから、患者本人は毎日普通に生きていく事だけで精一杯なのかも知れません。そんな人に「頑張って」も「前向きに」もありません。
 どうしても頑張れない時、落ち込んでしまう時に安心して落ちていける場所が患者家族のあり方なのでは無いかと、色々な事があり、そう思うようになりました。



 ガン友MAPのミームラさんが亡くなりました。
このブログをMAPに加えて頂く際にとても親切に対応して下さり、お母様と私は同じ病気ですね、一緒に頑張りましょう、と言って下さいました。
 ミームラさん、本当に悲しいです。悔しいです。でももう戦わなくていいのですね。ゆっくり休んで下さい。ミームラさんの存在に助けられた多くの患者さんや家族がいます。それがミームラさんの生きた証として皆の心の中に永遠に残ります。
 本当にありがとうございました。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。