2008年1月24日木曜日

 朝起きたら窓の外が妙に明るく、まさかと思ったら雪が舞っていました。既に積もり始めていて、仕事へは車で行かなくてはいけないので不安でしたが出かける頃にはみぞれに変わっていました。
雪が降る事で生じる様々な不便をよそに、いい大人が心のどこかで「雪だ!!」と喜んでいるこの心理、何なのでしょう。私だけでしょうか。東京に暮らす人間の呑気な話ですね。

 母の薬を替えての治療が開始しました。
今回からはイリノテカン単剤です。激しい下痢の副作用が有名な薬剤ですが、ヒットすればとても良く効く薬だそうです。
どうか最低限の副作用で最大限の効果がありますように!!と虫の良い祈りをささげています。

 ここ数日、肝転移の治療を模索しています。
数年前に転移性肝ガンにも保険適応になったラジオ波治療、母の場合は原発の進行が著しい事で主治医からは有効性を否定されました。
画像に見えている転移を叩く事よりも今必要なのは原発と転移巣の進行を止める全身的な治療、すなわち抗がん剤治療だと言う訳です。理解出来る内容ですが、ラジオ波による治療を抗がん剤治療と「併用」して進行を食い止めるやり方もあるようです。
 色々な種類、組み合わせがある抗がん剤の有効性に関しては個人差があり、実際に投与してからの評価しか指針は無いようです。肝転移がある事でこのようなトライアルが果たして可能なのかどうか、そこにも不安があります。

 2月に頭には脳転移の検査もあります。その結果も怖いです。
...と不安材料を挙げればきりが無いので,今は「何とかなる!」と信じて日々生きていきたいと思っています。


 

 
 
 

2008年1月18日金曜日

報告

 あまり良く無い報告です。
2度目のイレッサの効果の程を見るべく行った先日のCT検査で肝転移の所見がありました。脳転移があった時からいつか来ると覚悟はしていたのですが実際起きてしまうととても冷静に受け止める事は出来ませんでした。
母はついこの間まで2度目のイレッサが効いていると信じていたようで、CEAを調べて一向に下がらないどころか上昇の一途を辿っている事に疑問を感じてCT検査をしました。

 この状態での肝転移がどれくらい厳しい状況か、告知からガン治療の事を調べ続けて来た私には分かります。頼りにしていた薬も使えなくなる可能性もあります。でも諦めません。現実をしっかりと受け止めて前向きにこの状況でも戦える方法を模索して行きます。
 原発性にも転移性にも効果のある肝臓ガン治療にRFA(ラジオ波)もあります。全身的に改善を見られる可能性のあるタルセバも発売間近です。試していない抗がん剤も沢山あります。

 思った以上にガンの進行は早く、イレッサが効いていない事にもっと早く気付いていれば、と後悔の念もありますがそれは考えても仕方の無い事。
 母はまだ元気に日常生活を送っています。そこを見つめて、その時間を可能な限り長く続くように努力したいです。

2008年1月6日日曜日

2008年のスタートです。

 このブログを覗いて頂いている皆さん、明けましておめでとうございます。
週明けから仕事始めの方も多いと思いますが私は明日からです。今月は自宅での仕事が多くなりそうです。ガソリンも高いし、風邪も流行しているのでその方が都合が良いくらいですが、適度に運動をしないと体重増加が危険な季節です。

 お正月に実家へ行きました。
両親と過ごす新年がかけがえの無い大切な時間のように感じています。過剰に感傷的になる事を極力避けて来ていましたが、母が告知を受けて二回目のお正月、家族で過ごした風景を目に焼き付けておこうと思いました。
数年前には思いもしなかった事です。
年末に、一方的ではありますがweb上で心の支えにして来た方たちの急変や急逝が度重なり私自身気弱になっているせいも有り、楽しい時があると裏腹に「これがいつまで...」という悲しい考えが浮かんでしまうのです。


 二回目のイレッサは幾分効果が上がっているようで、咳が治まってきたようです。後は画像診断、マーカーの推移の如何で効果の程が計られます。二回目という事は耐性の付く時期も早いのでしょうか。母は次の治療を探しておいて欲しい、と言っていますが、どうせなら長く効いて欲しいものです。

 次の治療、と一言で言っても難しい判断です。決して引導を渡す事の無い主治医に意見を求めても不毛です。
平岩正樹医師の著書と主治医からもらったレジメン表を見比べて見た所、まだ試していない薬剤、組み合わせが沢山ある事が分かりました。
 イレッサ耐性後は誰もが薬の選択に頭を悩ますようです。母の場合、脳転移との時間の戦いもありますし、知識と決断力のいる問題です。

 母の希望で脱毛の副作用が少ないものから試したいとの事、必然的にタキサン系の薬は外れます。白金系の薬剤は副作用が心配ではありますがシスプラチン+TS-1、もしくは単剤投与が主流のアムルビシン、イリノテカンあたりを主治医にリクエストしつつ意見をあおぐつもりです。投与量も少なめから増やして行く、という方法を取りたいと思っています。

 タルセバがいつから使えるようになるのかが分からないのですが、今タルセバを使ってしますと切り札が無くなる、という不安があるようです。その気持ちも分かります。
 難しいですね。どなたかご意見頂けるととてもありがたいです。


 
 
 

2007年12月29日土曜日

年末になりました。

 今日で仕事納めの方も多いのでは無いでしょうか。私も今日が納めでした。
振り返れば本当に細々とした仕事をこなし、雑事に追われ、動きの割には報われない事の多い一年でした。
ただ良い点を挙げれば沢山の種を蒔けた実感があります。来年はその種たちが芽を出し、花を咲かせる年にしたいです。

 母が告知を受けてから2度目のお正月が来ます。
2年前のお正月の帰省中に母が「肺に影があると言われた」と私に打ち明けました。その時によぎった何とも言えない嫌な予感と重たい不安感は今でも忘れられません。
 告知を受けた直後は二回目のお正月を迎えられるとは思っていませんでした。本当にありがたい事です。
今までは当たり前のように迎えていた年末や新年がこれほどに貴重な瞬間になるなんて思いもしませんでした。
あと何回、とはあえて考えません。

 2度目のイレッサは前ほどの即効性は見られないものの、咳が若干治まってきたり、レントゲン画像が少しすっきりしていたりと地味に働いてくれているようです。
 本当はもっと詳細な画像による診断でイレッサの奏効の程を知りたいのですが、CTの被爆による発ガン性に関する記事が新聞に載っていたそうで、今まで月一で撮っていたCTを母が撮りたがらなくなりました。
CTには肝臓の画像も映るので転移を見るにも役にたっていたのですが....
 
 CTの検査被爆の問題は各所で言われていますが、実際のところはどうなのでしょう。
医者でも意見が全く逆の場合もあり、判断しかねています。どなたか情報をお持ちの方、教えて下さい。

2007年12月14日金曜日

本を読む

横森理香さん著「母を送る、母に贈る」を再び読んでいます。
横森さんのお母様の膵臓がんの闘病、看取るまでの数ヶ月の記録が描かれている本で、全体的に淡々とした文章なのですが、「母がこの世にいなくなる」という大きな悲しみや焦りに似た不安感が各所に感じ取れ、横森さんのお母様への想いが伝わる心を揺さぶる作品です。


この本は私が母の告知でショックを受けてかなり元気を失っていた頃に友人が栄養のある食べ物と一緒に送ってくれたものです。
同封の手紙には「後で笑い話になってもいいから読んでおくと少し楽になるかもよ」とありました。
彼女にしてみれば凄く勇気のいる行為だったと思いますが、彼女の聡明さと思慮深さを良く知る私はイヤな気持ちになるどころかとてもタイムリーでありがたい贈り物だと思いました。

 横森さんがお母様の病気を知り、自分自身の健康状態に過敏になったり、一緒にいる時間を慈しみ、精一杯自分に出来る事を考え行動する姿や、姉妹との考え方の違いに苦労したりと、あらゆる部分が自分と重なりとても心強く感じました。

 『私は母の死を通して、いろんな事を学んだ。母のまわりのさまざまな人たちに会い、やっと、娘として見ていただけでない、母の全部の姿を見た。そして私の中にあった、母に対する複雑な気持ちは、まるできれいな冷たい雨に洗われるように、シンプルな愛情に変わっていった』
 
 私の母はまだこの世にいて今現在も治療の日々を送っています。死について考えるのはまだ早い。
でも、この文章を書いた横森さんの気持ちが良く分かるのです。

 
話は変わります。タルセバに関してこんな情報がありました。



遅すぎる承認、使用例が少ないだけに副作用が懸念される所ですが、イレッサの痛い経験を無駄にせずに主治医厳重監視の許、事故無く沢山の肺がん患者が延命出来る事を願ってやみません。

最後に。
コメントを頂いた皆様、ありがとうございます。どういう都合かこのブログ、コメントの表示が時間差になってしまいます。
使い辛くてすみません....。

2007年12月10日月曜日

不穏な心境

 ここ数日、ブログや掲示板で闘病の記録を読ませて頂いていた方々が数人亡くなっています。病がある以上いつかは迎えなくてはいけない現実なのですが、いざ突きつけられると直接知らない方とは言え大きなショックを受けます。いやおうが無しに母と照らし合わせてしまい、暗澹とした気持ちになります。
 
 告知当初に比べると随分と色々な事に慣れて来て、ちょっとやそっとじゃ打ちのめされないような気がしていましたが、こういう事があると楽観出来ない現状を思い知るのです。

 ここ数ヶ月間は母の治療が定まっていて状態も落ち着いていたので束の間安心していたのですが、マーカーの急上昇によりイレッサに再度チャレンジする事となり、その効果の程はまだ分かりません。
 どれだけ心配してもしなくてもしばらくは2回目のイレッサに賭けるしか無いのだとしたら肚を決めて少しはおおらかな気持ちでいたいものですが、暗雲立ちこめるかのような不安は拭い去れません。

 母が元気な内になるべく多くの思い出を作っておきたいのですが、反面それがあまりに悲しい行為のように思えてしまう自分もいます。とても複雑な思いです。

 思い返してみればほんの10年前、私はまだ独身で両親と一緒に住んでいました。
毎日毎日が慌ただしく、仕事や人間関係などそれなりに悩んだりもしていましたが、自分だけの事を考えていられる幸せに気付いていませんでした。
 歳を取るというのは自分以外の人を全身で受け入れて行く事なのかも知れませんね。
 

2007年12月6日木曜日

変化

 日に日に冬模様が濃くなっていきます。朝晩は冷え込みますね。今年も又新型とインフルエンザが猛威をふるっているようです。更には吐き気と下痢症状を伴う風邪も流行しているとか。師走のこの時期、代理のきかない仕事をしている私のような人間は絶対に風邪をひけません。出先にも携帯コップを持ち歩いてうがい、手洗いを励行しています。基本的な防御策ですが。数日前にインフルエンザの予防接種も受けましたが新型が台頭していては意味が無いのかも知れませんね。

 母はCEAが急上昇してしまい、これまでの点滴での抗がん剤を一旦辞めて、2回目のイレッサに切り替えました。
休薬期間は半年、イレッサローテーションの定義はまだ無いようですが、早い人で3ヶ月の休薬で再び効く事もあるようです。

 画像診断では変化無しだったのですが今までの推移を観察するとマーカーの上昇は「何か」なのかも知れません。

 ナベルビン/ジェムザールでしばらくは安定していたので束の間とは知りながら安心していたのですが...こうなったら二回目のイレッサが最大効果を表すように祈るのみです。
間質性肺炎などの副作用も心配ですが、一回目のイレッサは投薬3日めくらいから顕著に体感的効果が出ていたようですのでその相性に賭けたいと思います。